四種類の「じんざい」
ある本を読んでいて、なるほどなぁ、と思ったので自分へのリマインドを含めて書いております。
人には、四種類の「じんざい」が存在するといいます。それは、
人罪、人在、人材、人財
です。
「人罪」は、他人に迷惑をかける人のことをいいます。一番困ったタイプのにんげんですね。
「人在」は、そこに存在するだけで、害にもならなければ、役にも立たない存在です。
「人材」は、能力もあり、力になるひとですが、その人がいなくなったとしても、他の人で技術や役割を代替できます。
「人財」は、その人がいなければ成り立たない、というかけがえのない存在です。
私は、この中のどれにあてはまるのでしょうか。もちろん、「人財」となるべく邁進することが理想です。会社で働くにしても、少なくとも「人材」以上であるべきでしょう。
かつての日本企業では、この「人財」を育てるのに適したシステムだったのかなと思います。「終身雇用」、「愛社精神」といった社風は、長く同じ会社で務めるということが前提になってきます。
当然、じっくりと人を育てていくことができます。人が育つには時間がかかります。その時間や手間をひっくるめて受け入れるだけの体制が、昔はあったのかな。
もちろん、昔の仕組みがすべて正しいとは思いません。現に、今私は外資系の企業で務めていますし、その働き方にも良いところはたくさんあると思うからです。(問題点もいっぱいありますが)
さて、この「人財」となるにはどうすればいいのでしょうか。そんなレシピがあれば私もほしいくらいですが、少しこういうことかな、と思う事はあります。
本当の研究職で、ノーベル賞を受賞できるくらいの技術的なスキルを持ってしまえばそれは大切な「人財」ですが、私のIT業界において、会社のシステムに詳しいとか、技術的に長けているとか、ドキュメント書きがうまいといったようなことは、大事ではありますが、探せば代わりになる人はいると思います。
上司から言われたことだけをこなしているのでは絶対に人財にはなれないでしょう。それだと良くても「人材」で終わってしまいます。会社の中の「人財」は、常に問題意識を持って新しい事にとりくんだり、ワクワクする新しいことを探してチャレンジしたり、今の枠には決して納まってはいません。
また、とてつもない苦労や失敗を経験した人達も大事な「人財」になり得ると私は思います。問題は、その苦労や失敗をどう次に活かしていけるかですね。なんとなく、飄々とうまく問題を切り抜けてきた人よりも、多くの失敗を経験して成長してきた人のほうが、懐ははるかに深い。
最後に、これは意見が分かれるかもしれませんが、大事ことは「誠実さ」じゃないかと思います。これまで多くの仕事を行ってきて、最終的には人が相手に見せる誠実さを、人は見ているんじゃないかと思うのです。失敗したことは仕方がない。その失敗に対して言い訳することに力を注ぐのか、率直に詫びをいれて、全力でリカバーするのか。
この考え方がすべての人、特に海外で通用するのか、正直わかりません。これらは、教育水準も高く、安全で共通の価値観をある程度持っている日本であるから成り立つ考え方なのかもしれません。
その日本であっても、そういった「誠実さ」につけこんで、うまく利用している人もきっといるのでしょう。
「誠実さ」は「愚かさ」なのか?
自分の根っこにこの誠実さを持つということであって、その誠実さの魂の外側にいろんな人からだまされないような智慧をつけていくのです。決してイコールではないですよね。つまり、智慧のない「誠実さ」は「愚かさ」につながるのかと。
至誠を貫くという心もちは、必ず仕事にもにじみ出てくると思っているし、そのにじみ出る想いが周囲の人を動かすのだと思っています。
なかなか思うようにはいきませんけどね。
あなたは、今の職場ではどの「じんざい」ですか?
日々感謝 m(_ _)m